~『2020チルスとマンス』への道程~

 

1. 演出家イ・サンウのキャリアの始まり、ソン・ガンホとの師弟関係 

イ・サンウのキャリアは1977年、ソウル大学演劇班出身者たちと結成した劇団「演友舞台(ヨヌムデ)」に始まる。1978年の『彫刻家と探偵』で演出家デビューを果たし、1986年の『チルスとマンス』で東亜演劇賞演出賞、百想芸術大賞演出賞を受賞し、一躍脚光を浴びた。その後も『老いた泥棒の話』などを演出し、1990~1992年には演友舞台代表を務めた。

当時、演友舞台に参加していたのが、まだ無名時代のソン・ガンホであった。『JSA』『殺人の追憶』『パラサイト』など多数の代表作で映画俳優として世界中に知られる存在だが、若きソン・ガンホを指導・演出したのが、イ・サンウであった。

今でもその師弟関係は変わらず、イ・サンウが監督した映画『小さな池 1950 年・ノグンリ虐殺事件』は少ない製作費にもかかわらず、ソン・ガンホをはじめとした著名な俳優たちが多数協力している。



2. イ・サンウの著名な俳優陣への指導 

イ・サンウが、演友舞台~劇団チャイム~韓国芸術総合学校演劇院教授というこれまでの歩みのなかで指導・演出した俳優はソン・ガンホだけにとどまらない。

演劇院教授時代に指導した俳優の中で、特に著名といえるのが映画『最後まで行く』『パラサイト』や多くのTVドラマで知られるイ・ソンギュンである。

演友舞台に参加していたムン・ソングンは映画俳優としてだけでなく後に政治家としても活躍。

同じく演友舞台に参加していたカン・シニルやクォン・ヘヒョはTVドラマにおける名バイプレーヤーとして名を知られる存在である。

TVドラマ『魔王』『雪の女王』映画『悪い男』で知られるチェ・ドンムンは劇団チャイム時代に指導していた。

また、演出家も多数指導しており、特に知られるのがパク・クァンジョンで、平田オリザ作の『東京ノート』を翻案した『ソウルノート』の演出で日本でも公演を行った。

また、ミン・ボッキは俳優としても有名だが、劇団チャイム代表として精力的に活動しており、日本でも表現者工房で『恋する3世代』『コギ』を演出した。




《演出家イ・サンウが指導した著名な俳優・演出家たち》

ソン・ガンホ
世界で最も著名な韓国人俳優。
代表作に映画『シュリ』『JSA』『殺人の追憶』『パラサイト 半地下の家族』など多数。

イ・ソンギュン
韓国芸術総合大学校演劇院演技科1期卒業。映画・テレビドラマで幅広く活躍する。
代表作に映画『最後まで行く』『パラサイト 半地下の家族』、ドラマ『白い巨塔』『ミス・コリア』など。

ムン・ソングン
映画俳優として著名なだけでなく、革新派政治家としても活躍した。青龍映画賞主演男優賞2度受賞。
代表作に映画『彼らも我らのように』『私からあなたへ』『1987、ある闘いの真実』など。

カン・シニル
演友舞台~劇団チャイムで活躍する一方、テレビドラマの名バイプレーヤーとして長年活躍する。
代表作にドラマ『太陽の末裔』『ピノキオ』『追跡者 THE CHASER』など。

ムン・ソリ
映画『ペパーミント・キャンディー』『オアシス』で一躍韓国を代表する演技派女優となった。
その他の代表作に映画『浮気な家族』『大統領の理髪師』、ドラマ『太王四神記』など。

チェ・ドンムン
劇団チャイムで活躍。映画・ドラマの名バイプレーヤーとして強い印象を残す。
代表作に映画『悪い男』『悪魔は闇に蠢く』、ドラマ『魔王』『雪の女王』『マネーゲーム』など。

クォン・ヘヒョ
テレビドラマを中心に活躍。日本でも『冬のソナタ』を機に一躍有名になった。
代表作にドラマ『私の名前はキム・サムスン』『エア・シティ』『カインとアベル』など。

パク・クァンジョン
演出家として平田オリザ作『東京ノート』の翻案『ソウルノート』を作・演出。日本でも公演を行った。
演出代表作に『マジックの店』『私に会いに来て』など。俳優として映画『妻の恋人に会う』など。

ミン・ボッキ
劇団チャイム代表。精力的に活動を続けている。日本でも表現者工房において演出公演を2度行った。
演出代表作に『コギ』『悲しい演劇』『恋する3世代』など。俳優として映画『バーニング』など。




3. 1986年、公演当時の時代背景 

イ・サンウ演出による『チルスとマンス』が初演されたのは1986年のこと。当時の韓国は高度成長時代、都市と地方には大きな格差があり、仕事を求めて都市に集まってくる若者たちは、高度成長下で搾取されながらも必死に生きていた。

まさにそうした若者を主人公に据えたのが『チルスとマンス』であった。彼らの苦悩や日々の楽しみ、あるいは故郷への望郷など彼らの青春が笑いとともに表現された。当時の小劇場の観客たちはまさにそうした若者たちだった。
また、この1986年は韓国の民主化直前という時代である。現在からは想像しづらいが、学生デモが頻発し、それが暴力をもって鎮圧されるというような時代であり、それが劇中にも色濃く影を落としている。主人公たちの何気ない行為は期せずして、権力によって政治的行動とされ、テロリストとして追い込まれていく。

大きな話題を呼んだ舞台は小劇場での公演にもかかわらず、1年のロングランを経て5万人もの観客を集めることになった。当時どれだけの共感や感動を呼んだかは想像に難くない。

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